特殊詐欺に巻き込まれないために 「世の中にそんな仕事はありますか?」連載その1

 当職は、刑事弁護の分野に注力しておりますので、当番での接見なども含めれば、年間に100件以上の刑事事件に関与します。その中で、意図せずに特殊詐欺に関わってしまって、人生に大きな困難を生じさせてしまっている人を何人も見てきました。

「契約書類の回収だと思った。」「権利証の回収だと聞いていた。」

こういう認識で、特殊詐欺に関与してしまう人のことです(「受け子」として関与する人がほとんど)。

 はっきり申し上げて、少しの注意で避けられた困難だと思います。少しの注意で避けられた事態ですから、本人の不注意の程度は大きいと言わざるを得ません。気付く機会は、いくらでもあったとおもいます。

面接なしで即採用、意味不明な依頼内容に魅力的な報酬、やたら若い上司、コロコロ変わる上司、毎回声が変わる上司、待機なる謎の行動、高齢者宅への訪問、偽名、繋ぎっぱなしの携帯、接客中にイヤホン、書類なのにズシリと重い紙袋。

中身の確認は?

ボロアパートのポストに投函??

これをまたやるって???

 しかし、気付かない、気付けない、気付こうとしない。こうなるより他なかった事案など、皆無と言っていいと思います。担当していて、本当に残念に思います。

 不起訴を狙う?無罪主張をする?情状弁護で執行猶予?

 まあ、それは構いません。それはそれで全力で弁護します。

 ですが、それとは別に、自分の行動を大いに省みる必要があります。

 あなたが途中で気付きさえすれば、この日、この被害者さんとの関係では、何の被害も生じなかったのだと。

「私も被害者。」

「私は、ある意味、被害者。」

 流石に分かりますよね。接見室の中だから、接見室の中だけだから、許される言葉だってことは。

 本当の被害者さんに対して言える言葉じゃないことは必ず理解してもらっています。分かってもらえるまで、何回でも言います。当職は、しつこいので本当に何回でも言います。口論になっても構わず、何回も言います。

 こんな当たり前のことにさえ意見の一致を見ないのであれば、その人を全力で弁護なんて出来ませんからね。

 無罪主張だろうが何だろうが、そんな人、法廷に立たせられないですからね。

 一方で、何人もの被疑者、被告人と話すうちに見えてくるものがありました。それは、特殊詐欺と気付けない人の特徴というか、考え方の癖のようなものです。

 パターン1 具体例を、限定された全てのパターンと考えてしまう人

       (明らかに例示列挙なのに、限定列挙と勝手に考えてしまう人)

 特殊詐欺の代表的な手口に、手口A、手口B、手口Cがあるということを知っている状態で、

 では、手口がDだったら、それは特殊詐欺ですか?と聞かれた時、

 手口がA、B、Cのいずれでもないから、特殊詐欺じゃない、と考える人のことです。

 実際には、ABCどころか、Aすら曖昧で、安易に結論を出してしまう人もいるので、なかなか頭の痛いところです。

 パターン2 人の言葉の真偽を、その言葉の中だけの合理性で判断してしまう人

      (誤前提暗示にモロに引っかかる人と言えるでしょうか。)

 例えば、「何で、受け取った封筒を開けて中身を確認しちゃいけないのですか?」と上位者の詐欺師に質問して、

 「非常に機密性の高い文書なので、特別な資格を有する担当部署の人間以外見てはいけないから。」、

 とか言われて、納得してしまう人のことです。

 よく考えなくても分かることですが、詐欺師の言葉は、特殊な書類が封筒に入っていることを前提としておりますが、その点については何の担保もされていません。中身が現金だったら、詐欺師の説明は、何の意味もない、ただの嘘ですよね。実際問題、嘘なんです。

 しかしながら、一部には、「特殊な文書には特殊な取扱いが求められる」と言われて、納得してしまって、封筒の中身を疑いもしない人もいるのです。「特殊な文書には特殊な取扱いが求められる」っていうのは、それ自体は、あり得る話ですから。でも、問題は、そこじゃないんです。この問答が必要になること自体おかしい。なのに、気付かない、気付けない、気付く能力がない、気付くような思考を普段からしていない。だから、こういう問答を繰り返せば繰り返すほど、「納得の高額アルバイト見つけてラッキー」という結論が強固なものになってしまうのです。

 もちろん、冷静な時に、親しくもない人から、

「今日のデートの夕飯、イタリアンにする?フレンチにする?」

と聞かれれば、

「そもそも、お前となんか、どこも行かねーよ。」

と迷いなく言えるのでしょうが、同じことを、詐欺師が本気で騙しにかかっている最中に言えるでしょうか。言えないから、巻き込まれる、加害者になる。これまた頭の痛いところであります。

 頭の痛いことだらけですが、そのまま、頭を抱えて何もしない訳には行きません。それでは、この連載を始めた意味がないからです。なぜなら、この連載は、ある人との会話を契機として、特殊詐欺に意図せず関わってしまう人を一人でも減らすために始めたものだからです。ある人というのは、意図せず特殊詐欺に関わってしまった元依頼人の方になります(特定を避けるため元受刑者なのか元被告人なのか、元被疑者なのかは明らかにしません。)。

 その方に言われてハッとしました。

 自分のような人を出さないように情報発信をしたいが、特定や特定が招く種々の混乱(詐欺グループからの報復等)が怖くて何も出来ないと。

 言われてみれば当たり前のことですが、普段からフルネームや就業場所を世間に晒して活動している当職には、ない発想でした。

 当たり前のことに気付かず、お恥ずかしい限りですが、その代わりに解決策はすぐに思い付きました。

 簡単なことです。すでに世間様にフルネームや居場所が特定されている当職が、情報発信すればいいのです(もちろん、特定につながるような情報は一切出しません。)。

 その情報発信が、この連載なのです。

 そのような次第ですので、今後は、特殊詐欺に加害者として巻き込まれる人を一人でも減らすべく、ブログ記事の連載形式で情報発信をしてまいります。

 頭の痛い話をしましたが、それに対する当職なりの回答を、次回以降にお伝えしていこうと思います。

 

連載その2に続く